吉祥寺駅・三鷹駅からバスで10分。「武蔵野住宅」バス停からすぐのところにある商店街、グリーンパーク商店街沿いに、2017年3月にオープンしたレンタルキッチンスペースMIDOLINO_ (みどりの)がある。MIDOLINO_は「想いを持続可能な活動に」をミッションに、「個性を活かし合った仕事を創る場」「食のなりわいを創る場」として、地域のインキュベーション拠点として様々な事業を展開する。北大卒業後、音楽業界のエンジニア、保育園の理事など、異色の経歴を持つ代表の舟木さんにMIDOLINO_創業までの経緯、想いを伺いました。
舟木公一郎さん プロファイル
一般社団法人フラットデザイン代表理事
シェアキッチンMIDOLINO_(みどりの)代表
石川県金沢市出身。北海道大学経済学部卒業。 想いがあれば実現できことはないという信念のもと、グラフィックから映像、音楽、造形/内装に至るまで、デザインと名のつくものは何でも手がけるナリワイづくり実践者。社会的な課題に挑戦する中小企業を中心にブランディングデザインに長年従事するも、受注仕事は所詮他人事であることを痛感。自分ごととして「新しい選択肢」をつくる決意をし、2017年、個性を活かした仕事づくり/協業をテーマにした食のシェアオフィスMIDOLINO_を開設しリノベーションまちづくりを実践。
開発経済学から音楽業界でエンジニアに
MM 山中:MIDOLINO_設立までの経緯を教えて頂けますか?
MIDOLINO_ 舟木:大学で開発経済を学んでいましたが、学んでいく中でグローバル資本主義は限界を迎えているのではないかと感じるようになりました。大量生産・大量消費の中で、国や地域の個性が埋没していく。これって、持続的なのだろうか、という疑問。
その中で、影響を受けたのが、インドでアジア初のノーベル経済学賞を受賞したアルティア・セン博士 。
貧困のメカニズムと人間の潜在能力を研究対象にしたアルティア・セン博士は市民一人ひとりの持つ力で世の中を変えて行けることを示しました。政治や行政主導ではなく、市民が主体になるボトムアップのアプローチです。この考えに出会ってみんながそれぞれの個性を発揮してイキイキと生きるにはどうすればいいのか考えるようになりました 。
MM 山中: 卒業後は、国連やJICAのような開発機関を目指すことになったのですか?
MIDOLINO_ 舟木: いいえ。音楽業界でエンジニアとして働きました。
MM 山中: 全く違うフィールドですね。。。
MIDOLINO_ 舟木: 行政は縦割りで既存のシステムでは変えられないと思って。どこかに属すと変えられない。だから、自分でやるしかないと思った。親が音楽の仕事に就いていたこともあって音楽業界に入ることにしました。そこで、手に職をつける「実体のある仕事」で極めている人の仕事観を学ぼうと思って。自分にとっては大学院にいくような感覚でしたね 。
音楽業界での4年間
職人のこだわり
MM 山中:どんな学びがありましたか?
MIDOLINO_ 舟木:四年間、モノづくりの厳しさ、一ミリの違いへのこだわりを体で学びましたね。渡辺貞夫さんからEXILEまで、当時のヒットメーカーの音楽制作にも携わりました。
そこでは売れる音楽を作ってと求められる。文化な世界であっても資本主義が根底にあった。大量消費を加速させる活動に加担し続けて、それで果たして良い社会に向かうのか。所謂、損得勘定を超えるには何があるのか。ずっと考えていました。そして、自分以外の「誰かのために」、損得勘定を超えて自分のエネルギーを注ぎ込むその一番大きいものが「子ども」であり、「子どものために」というビジョンを共有して支え合いのある暮らしが実現できなければ未来はない、と「子ども」に行き着きました。
三鷹台の保育園から吉祥寺のオーガニックレストランへ
地域起点の活動が始まる
MIDOLINO_ 舟木:いろいろなNPOの方とお会いしている中で、子どもの支援を行っている、三鷹台で保育園を運営する方との出会いがありました。今から12年前ですね。そこでの縁から、法人の理事に就任し、運営受託という形で「2園」経営をさせて頂くことになり、子どもとの関わりが始まりました。集客・広報活動も、もちろん自分でやらなければいけないので、チラシづくりやホームページや 動画制作など、音楽からデザインへと表現媒体が変わっていく中で、より暮らしに根ざした 仕事づくりの実践がはじまりました。 そして、チラシをつくることは単に歯車のひとつなので、 伝える技術→広報戦略→経営→人としての人生哲学、といった流れで学びが深まり、 行き着くところは「人間力を磨いて自分ができることで誰かに喜んでもらう」、 その信用が一番大切なんだとということがわかって来ました。
MM 山中:少しずつ、MIDOLINO_の創業に繋がっていく感じがしますね。
MIDOLINO_ 舟木:おぼろげにですね。
より社会の変化へ寄与する活動へ踏み込みたいと思い、お世話になったのが当時、吉祥寺中道通りにオープンしたオーガニックレストラン「タイヒバン」でした。創業者の池田正昭さんは元博報堂出身で、とにかくアイディア豊富な方でした。さらに、有機農業を中心にした循環型社会の構築の実現に向けて精力的に活動する方で、「タイヒバン」もその活動の一つ。
そこで「食」が、人と人との出会いを豊かなものにし、さらには新たな経済の循環が始まる。そんなことを体感した時でした。今振り返ると、MIDOLINO_のコンセプトに繋がる経験だったのかもしれません。。。
デイサービスでの経験
人は誰もが「出番」「役割」「生きがい」で輝く
MM 山中:いよいよMIDOLINO_の創業ですか?
MIDOLINO_ 舟木:いや、まだです(笑)。もう一つの経験が創業のコンセプトのピースになりました。埼玉にある、デイサービスでブランディングのお手伝いをしているのですが、ここは、 その経験を通じて、 認知症の方も含め要介護の利用者さんが、彼らのできることでこの施設を運営するという珍しい考え方でやっておられます。畑仕事が得意な人は農作業をし、料理が好きな人は積極的に調理に参加し、洗濯物をたためる人がたたむ。記憶障害で何をやっているか忘れる人もいるわけですが、得意なことで社会との関わり、つまり「出番」ができ、支え合いの中で「役割」を担いあい、「ありがとう!」っていってもらえることで、自分が必要とされているという実感=「生きがい」になる。 実際に、認知症の方でもどんどん明るくなり、人間らしさを取り戻してく姿をまじまじと体感しました。
その経験を通じて、「出番」「役割」「生きがい」があれば、どんな人でも輝けるのではないか。そして、地域で「出番」「役割」があり、「生きがい」に繋がるナリワイを創りだす。それを「食」を通じてできないかと。今思うと、MIDOLINO_のコンセプトである「食のなりわいを創る場」がここから生まれたのかなと思います
MIDOLINO_の誕生、そして、現在、未来
MM 山中:MIDOLINO_の店内って、センスがありますよね。
MIDOLINO_ 舟木: 実は解体、設計、改装まで、業者さんを使わずに自分と地域の方の協力を得てやりました。
MM 山中:すごいですね。。。建築関係での経験があったわけでもないのに。
MIDOLINO_ 舟木:わからないことがあれば、大工さんに聞いたり、現場を見せてもらったり。とくにかく、トライアンドエラーで進めていきました。そんな珍しい人間を何となく面白いと感じた地域の方々が想い想いに手伝ってくれました。その結果、解体から改装まで奇跡的に2カ月半で終わらせることができました。 そして迎えたオープンが、2年前の3月3日でした。
MM 山中: MIDOLINO_の特徴を教えてください。
MIDOLINO_ 舟木:いわゆる、レンタルキッチンスペースとは全く一線を画す、誰かと信頼関係を築くための「シェア」を前提とした、「食のシェアオフィス」と捉えています。現在、会員制にしており、基本的にキッチンスペースの利用を会員の方を限定しています。会員間の横の繋がりをつくり、新しい価値を生み出す拠点となるように日々、知恵を絞り、汗を流しています。
MM 山中:「食のシェアオフィス」という考えがすごく新鮮で面白いですね。
MIDOLINO_ 舟木: まだまだですが、MIDOLINO_が拠点となり、食をナリワイにする本気の人が協働しながら、創業していく。そして、地域経済に活力を生み出し、支える。新しい形の「生協」を創っていきたいですね。そこには、地域通貨や地域エネルギーのようなものがあってもいいかなと。地域の人が「出番」「役割」を生み出し、「生きがい」を感じられる地域・社会を創っていきたい。学生時代に感じたグローバル経済に替わる、あたらしい仕事づくりと地域経済のあり方、 それぞれの豊かさを大事にしながら 暮らしたいと思う地域に暮らせる「共同体の形成」を 実現するための実践だと実感しています。
編集後記
舟木さんの思想の深さ、思想を形にする実践力に驚きを覚えました。地域のインキュベーション拠点としての MIDOLINO_ から武蔵野の未来が創られていく、そんな期待感でいっぱいになる取材でした。これから、舟木さん、そして、MIDOLINO_からどのような活動やビジネスがこれから生まれてくるのか楽しみです。