2026年10月、武蔵野市で、若い世代がさまざまな人生経験や価値観に触れ、対話を通じて新しい視点と出会うイベントが開催されます。
この企画を主催するのが、西山園子さんです。市民活動団体の「なないろのおと」の代表もされています。
西山さんは、幼い頃から難聴とともに生きてきました。聞こえにくさによるさまざまな経験を重ねる中で、「もっと人の話を聞きたい」「自分とは違う立場の人のことを知りたい」という思いを強くしてきたといいます。また、法律や制度によって自分の将来の選択肢が制限されていると感じた経験から、LGBTQ+をはじめ、社会の中で生きづらさを抱える人たちにも関心を広げてきました。
現在は、映画上映会や対話の場づくりを通じて、立場や背景の異なる人たちが互いの経験を知り、つながる機会を武蔵野市でつくっています。
今回のイベントには、こうした西山さん自身の経験と活動の積み重ねが込められています。
なぜ西山さんは「人の話を聞く場」をつくり続けているのか。そして、今回のイベントを通して若い世代に何を届けたいのか。
西山さんのこれまでの歩みと、企画に込めた思いを伺いました。
【ここなら聞けるかも】
10代・20代前半のための対話会
多様な人生経験を持つゲストの話を聞き、少人数で対話する場。聞くだけでの参加も歓迎されています。
開催日時:2026年10月4日(日)
13:15~14:45(KAZUYAさん)
15:00~16:30(福正大輔さん】
対象:10代・20代前半
定員:各回8名まで(計2回16名)
場所:武蔵野プレイス スペースD(3階)
東京都武蔵野市境南町2丁目3−18
参加費:無料(事前申込制)
主催:西山園子さん
イベント詳細:週刊きちじょうじ「知らなかったから始まる新しい視点」
お申し込み:お申し込みフォーム
西山園子(にしやま そのこ)さん プロフィール
なないろのおと主宰
新宿区生まれ。幼少期から武蔵野周辺で暮らす。IT企業勤務、自治体広報、フリーランスライターなどを経験し、情報発信、広報物の制作、取材・執筆に携わってきた。
10代の時からさまざまな人と出会い、自分とは異なる背景や経験、価値観を持つ人たちの話を聞く機会にも恵まれてきた。
誰かの話を聞くことが、また別の誰かに新しい視点や気づきをもたらす。そんな出会いが生まれる場を武蔵野市につくっていきたいと考え、地域でつながった仲間たちと「なないろのおと」を立ち上げた。
講演会や上映会、交流会などを企画し、さまざまな人の経験や活動を紹介している。
なないろのおと(ホームページ)
https://7ironooto.wixsite.com/my-site-1
なないろのおと(X)
https://x.com/J45217B
違う立場の人が、知恵や考えを持ち寄れる場所をつくりたい
まず、「なないろのおと」の活動を始めたきっかけから教えてください。
もともとは武蔵野市の仲間7〜8人くらいで、3年ほど前に始めた活動です。きっかけの一つになったのが映画でした。映画を観て、そのあとに感想を話したり、ほかの人の考えを聞いたりする時間がとてもいいなと思ったんです。
ただ映画を観て終わるのではなく、そこから「私はこう感じた」「そんな考え方もあるんだ」と話せる場所をつくりたいと思いました。
私たちが大切にしているのは、立場の違う人たちがそれぞれの知恵や考えを持ち寄って、そこからつながりやエンパワメントが生まれることです。国籍やLGBTQ+など、特定のテーマだけに限定せず、いろいろな背景を持つ人について、まず知る機会をつくりたいと思っています。
「多様性」という大きなテーマありきではなく、人との出会いや対話が出発点にあるんですね。
そうですね。私自身、知らなかった人たちと出会うことで、ずいぶん考え方が変わりました。知らなかったこと自体は、恥ずかしいことではないと思うんです。大切なのは、「知らなかった」で終わらずに、「そういう人もいるんだ」「そんな経験をしている人もいるんだ」と知ってみることだと思います。


耳が聞こえなくなっても、「孤独だった」という記憶はない
西山さんご自身の経験についても聞かせてください。幼い頃から難聴だったそうですね。
幼い頃に聴力を失って、きちんと診断がついたのは4歳の頃でした。もちろん、聞こえないことで大変なことはたくさんありました。でも、振り返ってみると、子どもの頃の私は、それほど「自分はかわいそうだ」とは思っていなかったんです。
それは、ご家族の存在も大きかったのでしょうか。
とても大きかったと思います。両親が、言葉を覚えることも含めて、私ができることを増やすために本当にいろいろなことをしてくれました。
友達にも恵まれていました。耳での会話が難しくても、友達と交換日記をしていたんです。書けば、お互いに思っていることを伝えられる。だから、「みんなの中に入れない」「自分だけ一人だ」という孤独感は、意外となかったんです。
聞こえないから人とのつながりがなくなったのではなく、別の方法でつながっていた。
そうですね。今考えると、その経験も「どうすれば相手とつながれるだろう」と考える原点になっているのかもしれません。
「あなたにはできない」と法律に言われたような悲しさ
一方で、成長する中では、つらい経験もあったそうですね。
そうなんです。子どもの頃は、障害がある自分は「将来、子どもを持てないのではないか」と思っていた時期がありました。(※旧優生保護法は「不良な子孫の出生を防止する」という法律で1996年までに日本に存在していた)
当時の私は法律や制度を正確に理解していたわけではありません。でも、「障害がある人は子どもを持ってはいけないのではないか」という不安がありました。
自分の将来を、自分で決められないかもしれないという感覚ですね。
そうです。それから、私は子どもの頃、医療関係者になりたいと思っていました。
でも、聴覚障害があるとなれないという法律上の制限があると知ったんです。そのときは本当に悲しかったですね。(「障害者に係る欠格条項」、難聴者に医療関係の免許取得の制限、禁止する法令が2001年まであった)
勉強して、それでも能力が足りなくてなれないのなら、まだ納得できるかもしれない。でも、「聞こえない」という、自分では変えられないことだけで、最初から道が閉ざされている。子どもの私には、それがとても大きなことでした。
障害そのものだけでなく、社会の制度によって選択肢がなくなることのつらさですね。
そうなんです。「あなたにはこれはできません」と、法律や制度によって決められてしまう。自分の人生なのに、自分で選ぶことができない。そのつらさはありました。
今は法律も制度も変わってきています。それは、上の世代の当事者の人たちが声を上げ続けてくれたからだと思っています。


だから、LGBTQ+のひとたちの苦しさが他人事に思えない
その経験が、LGBTQ+のひとたちへの関心にもつながっているのでしょうか。
すごくつながっています。LGBTQ+のひとたちのお話を聞くと、自分の経験と重なるところがあるんです。
自分らしく生きたい、好きな人と家族になりたいと思っても、法律や制度の壁がある。それだけでなく、自分のことを親に言えない人もいる。勇気を出して伝えても、「受け入れられない」と言われることもあります。
西山さん自身にも、「自分が望む人生を制度によって選べないかもしれない」と感じた経験がある。
そうなんです。でも私は、難聴があることを前提に、両親が私を育ててくれました。聞こえないことを隠して生きてきたわけではありません。家族や友達とのつながりがあったから、孤独を感じることもありませんでした。
だから、LGBTQ+のひとたちの話を聞く中で、自分の性的指向や性自認について周囲に伝えられず、自分自身をそのまま見せることができないまま生きてきた人もいるんだと知りました。自分の大切な部分を隠しながら過ごしていくことは、きっとしんどいことだろうなと感じました。
私自身の経験と単純に比べられるものではありませんが、「自分では変えられないことで、なにかを諦めなければならない」という気持ちは、わかるような気がします。そこから、LGBTQ+のひとたちのことをもっと知りたいと思うようになり、いろいろな人の話を聞く機会につながっていきました。
日常の中での「自己開示」
西山さんは、ご自身が難聴であることを比較的自然に人に伝えていますよね。
私はそれを「自己開示」だと思っています。
「私は耳が聞こえにくいので、こう話してもらえると助かります」と伝える。それは相手とコミュニケーションを取るために必要な情報なんですよね。
自分から少し自分のことを話すと、相手も自分のことを話してくれることがあります。「この人だったら話しても大丈夫かもしれない」と思える関係があることは、とても大切だと思います。
「知らなかった」を、新しい視点に変える
そうした経験が、さまざまな背景を持つ人への関心につながっているんですね。
はい。トランスジェンダーの方やHIV陽性の方など、いろいろな背景を持つ人たちと知り合って、初めて知ったことが本当にたくさんあります。
自分の周りにはいないと思っていても、実はすぐ近くにいるかもしれない。ただ、知らないから見えていなかっただけかもしれません。
だからこそ、知らなかった人の話を実際に聞く機会は、とても大切だと思っています。
若い人たちに、「親でも学校でもない場所」を
10月の若者向けイベントにも、その考えがつながっているのでしょうか。
はい。10代や20代の人たちが、親や先生とは少し離れたところで、自分のことを率直に話せる場所がもっとあってもいいと思っています。
SNSではたくさんの人とつながっているように見えても、孤独を感じている若い人もいます。
私自身、子どもの頃、友達と交換日記をすることで人とつながることができました。方法は違っても、「ここなら自分のことを話せる」「ここには自分の話を聞いてくれる人がいる」と思える場所があることは、とても大切だと思うんです。
いろいろな生き方をしている大人と出会ったり、「自分はこう思う」と言えたりする。そんな場所をつくれたらと思っています。
武蔵野に「違う人同士が話せる場所」を
これから武蔵野市で、どんな場所をつくっていきたいですか。
年齢や立場に関係なく、いろいろな人が出会って話せる場所ですね。
映画でもいいし、対話でもいい。何か一つのテーマを入口にして、普段なら知り合わなかった人と出会える。そこで「そんな考え方があるんだ」と思える。そういう機会を続けていきたいです。
最後に、西山さんがこれからも大切にしていきたいことを教えてください。
人の話を聞くことですね。
人の話を聞くと、自分の中の「当たり前」が少し変わることがあります。知らなかったことを知るだけでも、見える世界は広がります。
私は聞こえなかったからこそ、ずっと「もっと聞きたい」と思ってきたのかもしれません。
だから、これからもいろいろな人の話を聞きたいし、ほかの人にもそういう出会いの機会をつくれたらいいですね。

編集後記
西山さんのお話から伝わってきたのは、「困難を乗り越えた人」という、一面的な姿ではありませんでした。
幼い頃に聴力を失いながらも、両親の支えを受け、友達とは交換日記でつながり、「一人ではない」と感じながら育った西山さん。
一方で、法律や制度によって、自分の将来の選択肢を閉ざされたと感じた経験もありました。
そして、3人の子どもを育てる中では、「話を聞いてあげたいのに聞き取れない」という母親としての悲しさも経験。
人工内耳によって、3人の子どもの声を同じように聞けるようになった。そんな話を笑いながら語る西山さんの姿には、起きたことを前向きに受け止めてきた人柄が表れていました。
そして何より印象的だったのは、「聞こえなかった」経験が、「もっと人の話を聞きたい」という強い思いにつながっていることです。
ひとは誰もが違い、すなわち個性を持っている。それそのものが尊いものであり、お互いの違いを知ることが、新しい価値観、世界に出会う入口になる。
西山さんが武蔵野でつくろうとしているのは、そんな一人ひとりの話に耳を傾けることから始まる、小さな対話の場なのかもしれません。




