武蔵野の街を歩いていると、教科書には載っていないような、人の「体温」を感じる活動に出会うことがあります。
今回お話を伺ったのは、武蔵野市のコミュニティセンター(コミセン)を拠点に、子どもたちのためのワークショップ「子どもどるダンス部」を主宰する、ダンサー・振付家の康本雅子(やすもと まさこ)さんです。
「ダンスを教える」のではなく、「混ざり合って、ほったらかす」。
一見すると少し不思議な活動の背景には、康本さんがダンスを通して大切にしてきた、人と人との関わり方があります。
表現者として歩んできたこれまでと、「子どもどるダンス部」に込めた思い、そして武蔵野という街について伺いました。
康本 雅子(やすもと まさこ)さん プロフィール
ダンサー・振付家
バックパッカーとして世界を旅し、アフリカで出会ったダンスをきっかけに表現の道へ。自身のダンス作品を国内外で発表する一方、演劇や音楽、映像など異ジャンルとの創作、市民参加型公演の演出・振付にも取り組む。子どもたちとのワークショップをライフワークのひとつとし、2023年に「ああ99ビビ」を立ち上げ。「子どもどるダンス部」など、年齢や特性の違いを越えて身体を通じて混ざり合う場をつくっている。2026年4月より横浜赤レンガ倉庫1号館の振付家。
子どもどるダンス部(note)
https://note.com/jolly_weasel3625
ああ99ビビ(Instagram)
https://www.instagram.com/aa_99bibi/
カラダを動かして、みんなが「プレイヤー」になる時間
「子どもどるダンス部」では、普段どんな活動をしているんですか?
吉祥寺北コミセン(吉祥寺北コミュニティセンター)を舞台に、特別支援学級と通常学級の子どもたちが混ざり合って、思いっきりカラダを動かして遊んでいます。
「混ざり合う」というのが、この活動の大きな特徴なんですね。
そうなんです。学校や地域で行われる交流の場では、どうしても「応援する側」と「応援される側」、「支援する側」と「支援される側」に分かれてしまうことがあります。
でも、私たちの活動では、みんなが同じ「プレイヤー」としてその場にいることを大切にしています。
一緒にカラダを動かしていると、いつの間にか立場が逆転する瞬間があるんですよ。


立場が「逆転」する瞬間
立場が逆転する、というのは面白いですね。
例えば、特別支援学級の子が驚くような動きや得意技を見せて、いつの間にかみんなをリードしていることがあります。
言葉で説明したり、頭で考えたりするより先に、カラダが動くことで「わっ、すごい!」と素直に感じられる。そこで自然と関係がフラットになるんですよね。
「支援する・される」という関係ではなく、お互いの得意なことが自然に見えてくる。
そうですね。一方向に誰かをサポートするのではなく、それぞれの良さが、入れ替わり立ち替わり顔を出す。
そんな瞬間が生まれることが、この活動の大切なところだと思っています。
「ほったらかし」が生む、計算できない時間
「子どもどるダンス部」では、「ほったらかし」も大切にしているそうですね。
はい。大人が「次はこうして」「これをやって」と細かく指示を出すことはしません。
その代わり、私たちダンサーが全力で、楽しそうに動いている姿を見せます。それを見て、子どもたちがどう反応するかは自由です。
30分間ずっと端っこで様子を見ていて、最後の5分だけ少し参加する子がいたとしても、それでいい。その子が自分で決めて、一歩を踏み出したことが大切なんです。
今は何でも「効率」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」が求められる時代ですよね。でもここでは、「どうしていいかわからない」「ちょっと困る」という時間も含めて、その子の大切な時間だと考えています。
康本さんが活動されている「ああ99ビビ(あくび/Aakubi)」という名前も印象的です。どんな由来があるんですか?
ダンスでとても大切なのが「脱力」なんです。
身体がリラックスしているときに出る「あくび」って、不思議と人にうつりますよね。あの取り繕っていない自然な人間の姿と、意識しなくても周りへ伝わっていく感じがいいなと思って、「あくび」という名前をつけました。
ひらがな、カタカナ、数字を混ぜているのは、いろいろなものが共存しているイメージです。「99」と繰り返すことで、何かが増幅していく感じもあります。
「インクルーシブ」なんて難しい言葉を使わなくても、あくびがうつるように、理屈抜きで心地よい関係が広がっていけばいいなと思っています。

「ダンスしかなかった」――遠回りの末にたどり着いた表現の道
康本さんは、もともとプロのダンサーを目指していたんですか?
実は、ダンスを本格的に仕事にしようと思ったのはかなり遅かったんです。
中高時代はダンス部でしたが、当時はプロになれるなんて思ってもみませんでした。大学は美大に入って、映画が好きだったので映像を学びたかったのですが、中退してしまって。その後はバックパッカーとして世界を回っていました。
23歳で日本に帰ってきたとき、「さて、これから何をして生きていこう」と考えました。
でも、自分には資格も何もないし、朝9時から夕方5時まで毎日働く自分も、どうしても想像できなくて。
消去法と言うと聞こえが悪いかもしれませんが、自分にできること、夢中になれることを考えていったら、残ったのがダンスだったんです。そこで初めて、ダンスの道に進む覚悟を決めました。
現在は全国の学校でもワークショップをされています。その独自のスタイルは、どのように生まれたのでしょう。
学校でダンスをすると、どうしても「上手く踊る」「かっこよく見せる」といった、スキルを重視するものになりがちです。
でも、私がやりたいのはそこではありません。
大きなきっかけになったのは、自分に子どもが生まれたことでした。息子は今、支援級に通っています。
一緒に過ごす中で、日本の公教育では通常級と支援級がはっきりと分けられていることに、違和感を持つようになりました。
交流する時間があっても、どこかに「支援する側」と「支援される側」という関係が残ってしまう。
もっとフラットに、障害の有無や学年に関係なく、ただ一緒に「混ざって遊ぶ」場所を、教育の枠の外につくりたいと思ったんです。


武蔵野の「コミセン」で、ご近所の友だちをつくりたい
活動の拠点として、武蔵野市のコミセンを選んだのはなぜですか?
私自身が武蔵野市の東町に住んでいるので、単純に「家から近い」というのが一番の理由です(笑)。
仕事では遠方へ行くことも多いのですが、やっぱり自分が暮らしている地域に友だちが増えたり、近所の子どもたちの活動が見えたりするのは嬉しいんですよね。
武蔵野市のコミセンは、Wi-Fiがあったり、漫画が置いてあったりして、子どもたちがふらっと立ち寄れる「児童館」のような懐の深さがあります。
体育館の扉を開けて活動していると、通りがかった人が「何をやっているんだろう」と覗いてくれることもあります。そうやって地域の中に自然と溶け込んでいける感じが、とても気に入っています。
これから、「子どもどるダンス部」をどんな活動にしていきたいですか?
今は助成金を活用して参加費を無料にしていますが、事務作業などの負担も大きく、どう継続していくかは課題です。
でも、特定の誰かのためにつくられた「特別な活動」にはしたくありません。
街のあちこちで、いろいろな子どもたちが当たり前のように混ざって遊んでいる。そんな風景が、武蔵野の日常になったらいいなと思っています。
今年も7月から「子どもどるダンス部」を再開しています。
まずは気軽に、見学するくらいの気持ちで遊びに来てもらえたら嬉しいです。
→子どもどるダンス部(2026年度第一回の様子)

編集後記
「あくびが出るくらいリラックスして、他者と出会う」。
康本さんのお話を聞いていると、「余白」という言葉が浮かびました。
すぐに参加しなくてもいい。何をすればいいのかわからなくてもいい。誰かに教えられた通りに動かなくてもいい。
効率や正解を求められることの多い今の社会では、そんな時間はつい「無駄」として削られてしまいがちです。でも、その余白があるからこそ、自分から動き出したり、思いがけない誰かの一面に出会えたりするのかもしれません。
コミセンの体育館では、障害の有無や学年といった境界をいったん脇に置いて、子どもも大人もそれぞれのカラダで同じ時間を過ごしていました。そこで生まれていたのは、「誰かのために何かをしてあげる」という関係ではなく、お互いに驚いたり、真似をしたり、笑ったりする時間です。
あくびがひとりからもうひとりへ自然とうつっていくように、そんな関係が武蔵野の街にも少しずつ広がっていったら。
「子どもどるダンス部」は、その風景をひと足先に見せてくれているように感じました。



