吉祥寺駅北口を出て西へ。中道通りを少し歩くと右手に楽しそうな看板とのぼり旗が見えてくる。
2018年にオープンしたITものづくり(プログラミング)教室の3rdschool(サードスクール)だ。「プログラミング」は”その子らしさ”を伸ばしてくれる一つの手段だと言う。学校でも家庭でもない、子どもたちの個性輝く素敵な「居場所」だ。
今回は代表の山田雄太さんと、山口康平さんに3rdschoolを通してなにを子どもたちに伝えたいのかをうかがいました。
山田雄太さん プロフィール
早稲田大学卒業。ワーキングホリデーで途上国の教育ボランティアを経験、海外の教育システムに触れることで、日本の教育環境を良くしたいと考えるようになる。卒業時に内定を辞退して起業を決意。3rdschoolを設立し、今に至る。
山口康平さん プロフィール
高校・大学とプログラミングを専攻。エンジニアになるために大学に進学。その中で目的意識をもって入学する人の少なさに衝撃を受ける。教育系ベンチャー企業でプログラミング教室の講師をし様々な経験から、子どもの得意をのばし、苦手をカバーするような支援を目指し3rdschoolを設立する。
本人の「やりたい」を探究すること
3rd schoolの活動内容について教えてください。
2018年に吉祥寺で活動をスタートさせました。小中学生を対象に「ITものづくり教室」を実施しています。
具体的にはプログラミングでゲームやロボットを作ったり3Dプリンターで物を作るなどITを利用した様々なことに子どもたちと取り組んでいます。
子どもたちとこういったことに取り組むなかで意識しているのは、子どもたちの表現力、想像力といった「個性」を伸ばすことです。私たちの役割は子どもたちに環境を提供して、子どもの意欲に合わせてリードすることだと考えています。
通常の塾にはない、私たちの特徴は子どもたち一人ひとりの取り組みに私たちからゴールを与えることはなく、本人の「やりたい」を探究することを重視している点だと思います。本人がやりたいことを実現するためのスキルや情報の習得が私たちの目指すゴールです。
そんな背景もあり、テキストも用意していますが、既存のテキストを進めている子どもは全体の15%程度です。
本人がやりたいことを引き出すことが本当に重要です。「できた」の体験を積み重ねてほしいと願っています。
なぜ「プログラミング」なんでしょうか?
主体的になって何かを作り出す活動に「自分らしさ」が出ると思うんですね。
「ゲーム作り」って実は「総合芸術」なんです。ストーリーの組み立てや、キャラクターデザイン、グラフィック、ルール作り等々、一つのゲームを作るにはたくさんの要素が必要です。その一つ一つをつなげるツールとして「プログラミング」は非常に有用です。何しろ、PCと自分がいればできますから、手軽なんですよね。プログラミングはデジタル世界の「魔法」だと思っています。笑
「どうしたら夢を描けるんだろう」
3rdschoolの設立に至った経緯を教えてください。
3rdschoolは2017年に事業をスタートしました。家庭教師のような形式でのモニター期間、準備期間を経て、今のこの場所に開業しました。
私は、高校・大学とプログラミングを勉強していて、エンジニアになりたいと思っていました。大学にも「エンジニアになる」という目標をもって入学しました。その時の自分には「教育者」になるという選択肢はなかったですが、周りの大学生たちが自分のように目的意識をもって大学に入学した様子ではないことに衝撃を受け、「どうしたら夢を描けるんだろう」と思ったのが、「教育」に行き着いたきっかけです。
「教育」に興味を持った私は、教育系のベンチャー企業でプログラミング教室の講師としてアルバイトをしました。そこでいろんな個性を持った子どもたちに出会い、そのまま大人になったらいいのに、と思うのと同時に、様々な個性を持つ子どもたちを理解しきれていない自分にも気が付き、「教育」の奥深さを実感しました。そのアルバイト先の企業で良い先輩社員との出会いもあり、そのままその会社に就職したのが教育業界でのキャリアのスタートでした。
最初に就職した会社では様々な経験をしました。その会社は教育サービスを通じて子どもの「課題解決」を支援することでした。「課題を解決する」という以上、「課題」を設定し、「ゴール」を目指します。その前提で子どもと向き合えば、その過程では少し「矯正」の要素が入ります。現場で子どもと接する中で、「矯正」だけが子どもがより良い未来を生きるための支援方法なのかと疑問が湧いてきました。
その子の得意を伸ばしながら、苦手をカバーできるような大人としての支援ができないものか、自分なりに子どもを向き合いたいという思いを強く持ち、3rdschoolとして独立するに至りました
高校生までの私はいわば「隠れ不登校」でした。学校が面白くなかった。授業もつまらない、テストも達成感がない。大学受験のない学校に通っていたこともあり、ゲームに明け暮れる、ハリのない生活を送っていました。
一転、大学に入学すると個性が重視され、個人の意見が尊重される環境に身を置くことができ、初めて「学校」という場所が楽しいと思えました。個性が尊重されることがこんなに楽しいことか、目が開いた気分でした。
そんな大学生活の最後、4年生の時にワーキングホリデーでベトナム・台湾などの途上国で教育支援のボランティアを経験しました。海外の教育システムに触れる中で日本の教育を客観的に見ることができ、日本の義務教育をより良くしたいという思いに駆られました。自分が個性を発揮できる環境で生き生きと生活できたように、日本の子どもたちにも一人ひとりの個性・才能にフォーカスした教育ができれば日本の教育はもっといいものになるのでは。そんな思いで、大学の卒業式に出るために帰国したとき、内定をもらっていた会社を辞退し、起業することに決めました。
正解が一つではない時代、多様な選択肢を
3rdschoolが目指す教育について詳しく教えてください。
私たちには「日本の子どもたちに多様な学びの選択肢を用意してあげたい」という思いがあります。正解が一つではない時代、多様な選択肢を提供してあげたいと考えています。
アジアの教育は暗記中心の教育で、処理能力の高さが求められます。また、特に日本教育で世界的に見ても特に珍しいのは「部活動」のシステムです。「学習指導」と「生活指導」が一体になっている点は珍しく、優れているとも思います。部活動での経験は子どものそのあとの人生に良い影響を与えることも多く、素晴らしいと思います。
一方で、西欧圏の教育は我々が知るアジア圏の教育とは全く違うものでした。フィンランドとオランダの例を紹介したいと思います。
フィンランドでは、より「本質をついた教育」を実践していると感じました。統一したテキストはありますが、それを本人が一番集中できる環境で自由に取り組ませていた点が印象的でした。その中で、導く先に連れていくことができている先生の指導力が何より素晴らしかった。加えて、その教育水準が、ほぼ北極圏の田舎町でも首都でも変わらなかったことに驚きました。
子どもたち自身の個性や学びの多様性を認める教育が徹底されており、日本も学ぶべき点が多いと感じました。
オランダでは、「教育の自由」が憲法で保障されており、私学も公教育も自由に教育方針を選定することができます。加えて、私学・公教育問わず学費が無料です。
私たちが視察した学校は「イエナプラン」という教育方針が採用されていました。
「イエナプラン」では20項目の原則のみ決まっており、その具体的な実践は各地域・学校に任されています。
私たちが視察した学校では、クラスが3学年の異年齢で組まれており、常に生徒同士の学びあいや教えあいが発生し、みんな違う勉強を同じ場所でしているという状況でした。学習計画が自分で立て、先生はそれをサポートする、という立場。授業はあるが、それにも生徒自身の学びたいペースで参加する。生徒自身が状況を判断し、「集中タイム」「ヘルプタイム」をサイコロで主張するなど、とにかく生徒自身が自律した教育環境が印象的でした。
日本では、教育に「投資」するといった場合、学校の建物や教育資材など「ハード」に投資しがちです。対して、私たちが視察した西欧圏では「ソフト」面に投資しています。例えばフィンランドでは、教師に投資していました。長期的な目線で教育を考えているんですね。また、オランダでは、学校が完全無料で、学校ごとに教育方針を決められる自由度からか、学校ごとに非常に個性があり、学校同士の競争が生まれ、高めあっていると感じました。
西欧圏の教育では発達障害の子どもはどのように支援されているのでしょうか?
オランダでは異学年でクラスが組まれていることもあり、クラスの中で自然と支援できる体制になっていましたし、クラス横断でフォローする「廊下担当」の先生がいる学校もありました。
また、フィンランドでは、特別支援学級が学校の真ん中に配置されており、特別支援学級を担当する先生は学校の中で一番尊敬される先生が担当するそうです。特別支援学級を担当するための資格も難しいと聞いています。
2019年の夏から居場所支援/不登校支援をスタート
「ITものづくり教室」以外の3rdschoolの活動について教えてください。
3rdschoolでは「居場所支援」を行っています。教室の活動を通じて、個性の強い子どもたちに出会うほど、学校に行くことができていない子どもにも多く出会います。学校に行けないことで自信を無くしている子もいて、それはとてももったいないことだと思いました。このことがきっかけで2019年の夏から居場所支援/不登校支援をスタートしました。
最初は「#学校ムリでもここあるよプロジェクト」という夏休みの居場所提供プロジェクトに参加しました。これを機に定期的に不登校支援を開催しています。
コロナ禍だとなかなか物理的な居場所提供は難しいですが、オンラインでの活動にも挑戦しています。それが7月からスタートした「Unippo」です。不登校の子どもたち向けにオンラインで探究学習をサポートする事業で、完全個別にオーダーメイド式の授業を実施します。
コロナが落ち着いたら、物理的な居場所提供もやりたいと考えています。
不登校の子どもたち向けオンライン探求プログラミングクラス「Unippo」
「アンプを作りたい!」基盤を一から一緒に作ったことも
3rdschoolの活動を通じて印象に残っていることを教えてください。
ある高校生の子の話です。3rdschoolで「アンプを作りたい!」と言いまして。その子が作りたいアンプを実現するために、製品化されていない基盤を一から一緒に作りました。その子と話をしていくうちに、好きなことを自由に話していいこと、スタッフとその子共通の好きなことを話し合えることが楽しいと気づいてくれたようです。他にも円周率の求め方をプログラミングしたりする子や、二進数の電卓を作る子、いろんな「やりたい」を持った子たちと一緒にいろいろ作りました。iPadのプログラミングソフトを使って、アプリを300くらい作ったんじゃないかな(笑)。当然、それだけたくさん創作していれば、他人が先に使ったものと被ることもあるわけで、そこで「著作権」という概念に出会うわけです。プログラミングを使って様々な成果物を創作する活動が、その周辺の様々な学習につながる最たる例だと思います。
とにかくその子はアウトプット数がすさまじく、学習のサイクル、つまり真似をして自分で実現できるようになるスピードが物凄く早くて、いつも驚かされました。
私たちスタッフはバックグラウンドも様々ですので、子どもたちが興味を持つことは網目広くキャッチできると思っています。友達みたいな感覚でいろんな話をする中で、その子が伝えたいこと・好きなことをどうしたらほかの人に理解してもらえるか、コミュニケーション能力を深めていってもらうことも意識して子どもたちに接しています。
はじめは地道なポスティング活動から
3rdschoolを運営する上で難しかったことはありましたか?
難しかった、というよりも意識していることは、子どもたちを預けていただいている保護者の方と子どもの変化について密にコミュニケーションを取ることです。私たちが気付いたことは些細なこともお伝えするようにしています。
あと苦労したことを挙げるとすれば、特に教室を始めた初期はシンプルに生徒を集めることに苦心しました(笑)。今でこそ130名くらいの生徒が通ってくれていますが、それまでは地道なポスティング活動でこの教室を知ってもらうことから始めましたので、最初は苦労しましたね。
いずれは学校を作りたい
3rdschoolのこれからについて教えてください。
実は、教室数を増やしたいという思いはあまりないんです。多くても5教室くらいでいいかなと思っています。それよりも今の教室で得た知見をオンラインで展開していくことやプログラミングにこだわらない探究学習事業をやっていきたいと思っています。
そして、いずれは小さくてもいいので、学校を作りたいと思っています。子どもたちと接しているとその可能性の大きさを肌で感じます。日本の子どもたちを取り巻く環境をもっともっと変えていきたいし、環境をいい方向に変えていけるように、私たち自身ももっと発信していきたいと考えています。
編集後記
子どもたちの笑顔があふれる3rdschool。
子どもたちだけでなく、その親御さんにとっても子どもの素晴らしい一面を改めて教えてもらえるような素敵な場所です。子どもたちが「個性」をありのまま表現し、「得意」を伸ばせる、子どもたち自身が自分の可能性に気づき、新たな選択肢を掴むことができる、3rdschoolはそんな場所だと思いました。3rdschoolはまさにその名前の通り、子どもたちにとって家庭でも、学校でもない第三の場所としてこれからもあり続けてくれると思います。
3rdschoolの皆さんの作るこれからの学校もきっと素敵な場所になるはず、今からワクワクしてしまいます。