2024年、武蔵野市の広報が新しく動き出しました。 暮らしが多様になりデジタル化が進む今、市政情報をただ正確に伝えるだけでなく、いかに「分かりやすく」「親しみやすく」届けるかが大きなテーマになっています。
この課題に向き合うため、市は初めて外部から広報のプロを招くことを決めました。公募を経て「広報戦略アドバイザー」に就任したのは、根本陽平さんです。根本さんは、チラシやWebサイトといった媒体へのアドバイスはもちろん、各部署への直接的な助言や研修を通して、市役所全体の「広報マインド」を底上げしていく役割を担っています。
学生時代を武蔵野市で過ごし、「この街に救われた」と語る根本さん。大手PR会社で培った知見と、街への深い愛着を原動力に、武蔵野市の広報をどう変えていこうとしているのか。これからのビジョンを、じっくり伺いました。
※本インタビューは2024年8月と、2026年3月の追加インタビューを元に構成したものです。
前半は2024年、後半は2026年のインタビュー内容です。
根本 陽平(ねもと ようへい)さん プロフィール
PRジェネレーター
株式会社芽
電通PRコンサルティングを経て、2023年に芽inc.を設立。大正大学非常勤講師を兼任。著書に「PR思考」。自治体や企業・団体のコミュニケーション戦略を、徹底的なPR視点で支援する。Global SABRE Awards(「世界のPRプロジェクト40選」2度)、PRWeek Awards Asia(7年連続)などのPRアワードを受賞。国家資格キャリアコンサルタントでもあり、PRプロフェッショナル業の発展にも積極的に取り組む。秋田市出身で大学在学中に武蔵野市で過ごす。
芽.inc
https://me-inc.tokyo/
武蔵野市ホームページ「伝わる広報を目指す「武蔵野市広報戦略アドバイザー」が決定」
https://www.city.musashino.lg.jp/shiseijoho/koho/pressrelease/1046097/1047921/1048128.html
恩返しの地、武蔵野市へ。「ブランド」に魅せられた原点
根本さん、今回この広報戦略アドバイザーに名乗りを上げた経緯を教えてください。
僕は秋田から上京してきて、大学の4年間を武蔵野市で過ごしました 。当時の自分にとって、東京は少し怖さもありましたが、吉祥寺は緑が豊かで独特の文化があり、スッと入り込める感覚があったんです 。その時にこの街に救われたという思いが強く、「いつか恩返しをしたい」と考えていたところにこの公募があり、迷わず応募しました。
成蹊大学時代には、今の仕事に繋がる大きな出会いもあったとか。
はい。ゼミでブランド論を学んだのが原点です 。当時はブランドといえば高級バッグのようなものを想像していましたが、恩師から「『スーパードライ』や『ポカリスエット』等の日常のくらしにあふれるものもブランドなんだよ」と教えられ、衝撃を受けました。人がなぜその商品を選ぶのか、そこにある「見えない意味」を考える。その面白さにのめり込んでいきました。


自治体広報の本質は「市民との合意形成」
根本さんは、前職(現・電通PRコンサルティング)でも数々の自治体PRを成功させてこられましたね。
前職時代に、熊本県、香川県、長崎市など多くの地域を担当しました 。中でも「くまモンのほっぺ紛失事件」は、単なる告知ではなく市民や様々な人と一緒に「世の中ごと」にしていく挑戦でした 。
根本さんにとって、自治体における広報とはどのような定義ですか?
「広報」の一般的な英語訳は、Public Relations(略してPR)といわれています。つまり、情報を広げるという意味合いよりも「公共との関係づくり」。そうなると大事になってくるのは、関係する一人ひとりとの合意形成です 。 単に情報を「伝える」のは行政の報告ですが、相手の心に「伝わる」ように設計し、信頼関係を築くのがPRです。市民の皆さんが「この街は推せるわ」と自分ごととして捉えられるようなコミュニケーションなどたくさんの方の話を聞きながら思考錯誤していきたいと思います。



ティーチャーではなく「ジェネレーター」として
具体的に、どのようなスタンスでアドバイザーとしての職務に当たられるのでしょうか。
僕は自分の肩書きを「PRジェネレーター」としています。コンサルタントのように「外からアドバイスして終わり」ではなく、自らも中に入って、職員の皆さんと一緒に悩み、汗をかいて新しい価値を「生成(ジェネレート)」していく存在でありたいからです。
そこで重要になるキーワードが「解像度」ですね。
その通りです。広報物を「市民全員に」と考えすぎると、誰の心にも残らない「幕の内弁当」になってしまいます。
情報を届ける相手の解像度を上げ、何が「心のバリア」になっているのかを特定する。知っているけれど動かない人、そもそも興味がない人、それぞれに刺さる言葉は違います。その「伝わる工夫」を、各課の皆さんと一緒に突き詰めていきたいです。
趣味と仕事が溶け合う「探求の人」
最後に、根本さんご自身のプライベートな素顔も教えてください。
趣味と仕事の境界がほとんどないんです(笑)。例えば、トイプードルの散歩をしながら街の掲示板を見ては「このコピー、もう少しこうすれば伝わるのに」と考えてしまう 。 かつて大学時代に通いつめたハーモニカ横丁の「珍来亭」で、今でも大好きな「キムチ油そばセット」を食べながら、市民の皆さんの熱量を感じるのが何よりの楽しみです。
「24時間PRの人」なんですね。
どんな小さな情報でも、どうすれば「世の中ごと」になるかを考えるのが好きなんです。武蔵野市がどうしたら市内外で「推せる街」になるか、市民の皆さんの声をしっかり聴き、最高の「伝わり方」を追求していきたいと思っています。


※ここより2026年3月のインタビュー内容です。
「伝える」から「伝わる」へ。武蔵野市と歩んだ1年半の軌跡
広報戦略アドバイザーに就任されてから1年半が経ちました。この間、具体的にどのような活動をされてきたのでしょうか?
主に「広報クリニック」と呼んでいる伴走型の支援を行ってきました。秘書広報課だけでなく、子育て、ごみ、福祉、防災といった各課が作成するチラシやSNS、動画などの広報物に対して、戦略立案からメッセージの切り口まで、現場の職員の方々と一緒に考えていくスタイルです。単なるデザインの直しではなく、「そもそもなぜこれを発信するのか」「誰にどんなメッセージを届けるべきか」という、コンセプト(戦略)の解像度を上げる作業を大切にしています。
実際に中に入ってみて、手応えはいかがですか?
相談件数はこの1年半で100件を超えました。当初は「何を相談すればいいのか」という戸惑いもあったと思いますが、今では何かを発信する前に「アドバイザーに相談しよう」ということで相談件数が増えてきていると、私自身も実感します。これは私一人ではなく、職員の方々が主体的に動いてくださっている結果です。
その成果が、令和7年度「東京都広報コンクール」での素晴らしい結果にも現れましたね。
職員の皆さんの努力の結果、エントリーした3つの部門すべてで入賞し、広報紙部門で最優秀賞、映像部門で1席、1枚写真部門でも奨励賞をいただくことができました。
特に広報紙部門では、ごみの捨て方をテーマにした特集において、職員の皆さんとディスカッションを重ねた結果、最終的に紙面のメインコピー「ごみは捨ててからがスタート」という切り口になりました。現場の収集を実際に経験した職員の方々が誌面に登場されるなど、市民の方に新しい気づきを与える構成を職員の皆さんが形にされたのですが、これがプロの審査員からも高く評価されました。実際のアンケートでも、普段市報を読まない層から「驚いた」「面白かった」という声が届いており、伴走させていただいた私としても非常に励みになっています。
「市報むさしの 東京都広報コンクール最優秀賞 初受賞 ごみ収集現場を知る市職員が企画・出演した特集記事に高評価」
「伝わる広報」が着実に実現できている実感はありますか?
広報には「これでOK」という瞬間はありませんが、着実に前進している感覚はあります。広報は、事業そのものが持つ魅力との「掛け算」です。どんなに広報の手法を凝らしても、元となる事業に魅力がなければ市民には届きません。この1年半で、職員の皆さんが「どうすれば相手に伝わるか」というアングル(視点)を持って仕事に臨むようになってきたこと自体が、最大の成果かもしれません。
今後の展望や、さらに強化していきたいことを教えてください。
今後は「広報」の枠を一歩踏み出し、事業の企画段階や市の重要な計画づくりそのものに対しても、「市民にどう伝わるか」という視点で関わっていきたいです。行政の施策そのものが、より市民に寄り添った魅力的なものになるよう、広報の知見を活かして貢献していきたいですね。
1年半(アドバイザー任期全体)を通じた感想と、これからの意気込みをお願いします。
武蔵野市は歴史的に「議論」を大切にする非常に知的な街です。その分、合意形成にはエネルギーが必要ですが、それは市民の皆さんが街を愛している証拠でもあります。広報のプロとして、また一人の武蔵野市ファンとして、職員の皆さんの熱意を「伝わる形」に翻訳し、この街がもっと「推せる街」になるよう、これからも全力で伴走していきます。

編集後記
今回のインタビューで印象的だったのは、根本さんの語る「広報の成果」が、コンクールの受賞という華々しい結果以上に、職員の皆さんの「意識の変化」に向けられていたことです。100件を超える相談の積み重ねが、「どうすれば相手に届くか」を自ら考える組織文化を育み、それが結果として都のコンクールでの快挙へと繋がった。そのプロセスこそが、武蔵野市にとって最大の資産なのではないでしょうか。
「伝える」のその先にある、市民と行政の幸せな「合意形成」へ、期待が高まります。




